社会的企業であること 〜主体性を保つ、資源循環型の療育サービス

 カマコンバレーという、鎌倉に来て最大、最高の機会に恵まれ、我がスタッフも大いなる刺激を受け、成長しています。
 社会的企業として、これからの新しい国づくりに必要な仕組みを療育、教育、福祉で実践してみようと、50名のスタッフが揃った10年でした。
 主体性を保つためには、税金を一方的にもらう立場では無く、しっかり納税をして、循環型の療育サービスを行うのが、新しい福祉国家に存在すべき「社会的企業」の姿です。
 我が国は、神戸の大震災以降、社会的企業が徐々に増え、古い体質と戦ってきました。
 

 カマコンバレーの設立者である柳澤大輔さんが「全部自分事」ということを教えてくれました。
 カマコンのメンバーは、「全部自分事」として考えるから、その考え方に感化され、私たちも鎌倉市の、重度心身障害児、医療的ケアが必要なお子さんの放課後の居場所がないのは、問題があるから、どうすれば良いか常に考え実行してきました。
 車椅子が乗れるエレベータなど、バリアフリー施設が少なく、対象にできずにいたことを皆でブレストし、何とかしようと訴えた結果、鎌倉市の保育園の建物として由比ガ浜こどもセンターができ、最上階部分を「児童発達支援」「放課後等デイサービス」「相談支援事業」として、解放するという英断が、鎌倉市で実現し、公募に応募しました。みんなで喜びました。これで10年来の念願であった鎌倉市への協力を前面に押し出せると。
 津波の避難場所としても重要な建物です。みんなで当地の白骨を見に行きました。鎌倉勤務のスタッフは10名以上、鎌倉の長谷をはじめ、由比ガ浜周辺に住んでいますから、私たちが当然やるものだとブレストの結果、決めました。
 10年来の人脈で看護師さんも集めることができそうでした。

 公募資料は、鎌倉市の形式に従って、2週間で佐久田さんががんばって穴埋めしてくれました。発達支援室には2回ほど出向きましたが、書類提出までは2週間しかありませんから、皆さんご存じのとおり、プレゼンテーションが重要だったんだと思います。みんなで行こうと計画したけど、3名限定という指示だったので、代表の齊藤、教室長に名乗り出た大久保先生、顧問税理士の山本氏の3名で出向きました。結果、落選。
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/hattatsu/senteikekka2017.html

 A社として記載されましたので、「たすくグループ」の「株式会社ダブルコーポレーション」として公表させて頂きました。スタッフが大切にしている会社名、株式会社ダブルコーポレーション(以下DC)は、障がい者と健常者の力を合わせて倍になるという思いを込めた会社名で、創業地である鎌倉市雪ノ下、五十嵐ビルを本拠地としています。DCでは、農業や縫製、喫茶など、ファミリーマート、五十嵐ビルのご厚意によって、行動障がいのあるASDの方を中心に就労移行支援事業を行っています。最近では、五十嵐さんに屋上を提供して頂き、ビニールハウスを建てて、都市型の農福連携事業を実行することができました。

 このようにDCは鎌倉市と深い結びつきがあり、何が何でもDCで、由比ガ浜こどもセンターを貸与して頂き、鎌倉市の一貫性と継続性のある支援に寄与したかったというのが、僕らの思いでした。結果、当選された団体とは全ての項目で下回りましたが、財務も弱いものになってしまった。これは、たすくグループ全体の財務体制ではなく、DC単体の財務指標であったためです。情けない思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません。
 
 審査員5名の方からの質問がありました。鎌倉市が示した質問時間からだいぶオーバーして戸惑いましたが、厳密では無いようでした。想定質問集は用意しましたが、たすくの評判を聞き及んでいる審査員の方もいるでしょうから(地元に根ざしてますから)、ステレオタイプではありませんでした。
 私が印象に残った質問は、
「(やっぱり)お金を取るのか?」「(自家用車による)送迎はどうしてしないのか?」の2点でした。

 ●「(やっぱり)お金を別に取るのか?」というご質問

 社会的企業とは「税金の循環」を前提にしますから、しっかり利益を出して納税します。10年間、それを鎌倉市を本拠地にしてきました。先の自立支援法、総合福祉法によって考え方自体が変わっているのに、質問自体に驚きました。これから我が国は超高齢化、福祉大国になっていくのであり、国の財政が数十年前のように右肩上がりで伸びることは鉱物資源でも掘り当てない限り難しいです。
 聖域なき構造改革は当時の言葉ですが、相応の負担をしながら折り合いを付け、共存共栄を図って行かなければなりません。
 私たちは、8年前から自主事業と位置づけられている「療育塾」としての要素と、放課後等デイサービスを併用して実施しています。そこから得られる利益を、新規事業として障がい者の雇用や住まいに投資するという仕組みです。それを理解して頂いている保護者が入会され、アンケート調査やその報告書をとおして、ご意見を収集し、時期の経営計画に反映する仕組みです。
 鎌倉市には上記のような①療育塾+放課後等デイサービスが1カ所、②療育塾のみが1カ所、③療育塾+就労移行支援が1カ所、④シェアハウス型GHが1カ所、⑤農福連携の農地が1カ所と整備されてきました。①②が一般企業程度の利益が出ます。③は損益分岐点です。④⑤は公的資金の入らない自主事業で、現状、採算があいませんが、その原因は利用者の数が少ないことです。数年後に利用する方が増えれば採算性も目指せますが、数人でも「たすく」の利用者が必要とならばやらなければなりません。

 つまり、一貫性と継続性のある支援体制のためには局面では無く、全体の地域の面で捉えたグループ(連続体)として考えることが必要です。

 由比ガ浜こどもセンターは、地域貢献の一貫として位置づけ、児童発達支援事業と放課後等デイサービスのみの運営をする機関として位置づけておりました。この形態も、放課後の重度心身障害児、医療的ケア児支援に特化するので、直ぐには採算が合いません。提出書類では5年後に良くて損益分岐点になるように、設定しました。とにかく鎌倉市は、観光地で人気スポットだから、内心は入居拒否する人が後を絶ちません。
 
 雪ノ下ファミリーマートの五十嵐さんや
 御成通りの海老塚ビル(写真、下)の海老塚さんのような有志の人に頼るしか無い。

 そう言った意味で、由比ガ浜こどもセンターはチャンスでしたが、滑り落ちました。

 重度心身障害児や医療的ケア児支援は奥が深く、私と同席した大久保先生のような国立久里浜養護学校の職員経験者は、大変な設備の中で実績を出してきましたから、中途半端なことはできません。教室長予定だった大久保先生は、細かいですから特に出してきた備品が秀悦で、500万近くの購入物品を予定していました。そのための融資も信用金庫から受けました。
 私たちは、社会的企業ですから、鎌倉市という地域の面を何とかしようという会社であり、鎌倉市に貢献したいと思っている会社でもあり、
 今回は、鎌倉市に「不要」「大きなお世話」と言われてしまった会社ということにもなります。
 だから今回はショックです。本当に。
 10年前、何の因果か鎌倉市で創業したのは「ふれんど」というボランティア団体に深く思いを感じてからであり、逗子の湘南の凪があったからであり、カヤックがあったからであり、雪ノ下の五十嵐さんが鎌倉シャツの創業地を「障がいがあるとか何とかそんなの関係ないから使って良い」と言ってくれたからであり、由比ガ浜の土地を紹介されて「ここなら通ってくる障がい者も良い所だなと思ってくれるかも」だからです。ご縁を大切にしてきました。
 そのご縁がこれで切れたから、残念なのです。

●「(自家用車による)送迎はどうしてしないのか?」というご質問

 次は想定内でしたが、送迎はどうしてしないのかという問いです。「送迎」は車で送迎することばかりじゃ無いというのが私たちの強い主張です。知的障がいをはじめ、発達障がいのある人たちにとって、歩行したり、公共交通機関を利用したりすることは、とても大切な「学習」です。そして、地域の町並みや公共交通機関に彼らが認識されることで、バリアフリー環境が整うのも事実です。
 当然、これにはリスクも伴います。一時的にであっても「乗り降りが遅くなってしまったり」することで、差別や偏見を助長することにもなるからです。こんな時は同志として障がい者をみていない、いわゆる「哀れみ」の対象としてみている人にとっては「車で送ってあげた方が良い」となります。同志として一緒に歩いてきた私たちは、差別や偏見に対して受けて立つ立場です。これと闘って、コミュニケーション支援ボードの普及などを実行してきました。
 放課後等デイサービスで行われている、自家用車による送迎を続けるのは止めや方が良いです。学校のスクールバスも交通網がしっかりしている地域では廃止した方が良いです。
 津久井やまゆり園で19人も殺されてしまって、閉鎖された環境下で「支援」をすると「施設内虐待」ということが生じることは、国民の目にも明らかになりました。脱施設に向けて徹底的にやっていかなければなりません。そのためには、できる限り他人に頼らず、移動できる環境は、地域が作っていくことです。一人では上手く移動できないんだから、行きたいときに出掛けられる環境を地域が作る。それには個人の学習も必要ですし、地域の努力が早いうちから進められることが最も大切なのだと考えています。
 
●親の思いについて
 最後になりましたが、鎌倉市からうまく外されたからと言って、スタッフの一部の人たちから出ている早急の移転論は危険です。社会的企業である以上、ニッチをしっかり埋めていく、これからも鎌倉市をはじめとしたこの地域の子どもたちやそのご家族には、しっかり貢献するように努力をすること。たすくの信念をぶつけてみて、親亡き後の問題をいつも憂いて仕事をすることが大切です。
 それにしても、日曜日のクリスマスイブの夜に落選通知が届くように郵送しなくてもいいのにね。いろんな人にお願いしてしまっていたり、お金の準備していたり、どれだけ祈るような気持ちでスタッフが待っているか想像するべきですよね。ここ数日の関係者の表情を見るといたたまれなくなります。そんな気持ちでブログを書きました。
 ただし僕も、そういうところがありますよね。心から反省します。デリカシーが無いこともしてきた。一つ一つ丁寧に「人の気持ち」を大切にしてこなかったから、こう言う目に遭ったんだと僕は思っています。それが「全部自分事」です。
 たすくを利用している方々に対して、一人一人丁寧に気持ちを交わしていくことが大切です。もう少しです、もう少しで一貫性と継続性のある支援体制が鎌倉で整いそうでした。療育塾からはじめて、有料サービスを提供する(お金を取る)という自分との戦いをして、地域に根ざしてインフラを整えてきた。10年目ではじめて地域貢献という「綺麗な仕事」ができそうだった。素晴らしい(とても手に入らないような設備付きの)建物を貸してもらえるかもしれないという幸運はやってきませんでした。残念。
 でもこれで、使命が明確になりましたね。
 ニーズが高い地域などデータを提供して頂き、移転先として名乗りを上げて頂いた方には、重ねて御礼申し上げます。国内が保守的(行政主導)になっている以上、どこへ移転しても同じような気もしています。片思いの鎌倉市がうちを落とすくらいなら日本を嫌いになりませんが、東京や横浜も同じような感じになっています。そうなると国外へ出たくなります。日本人なので、それには時間が必要です。もう少し、考えてみます。

本日で仕事納め、冬休みは体力が余ってしまいますから、
利用者を早く受け入れることができよう、年明け直ぐにしっかりがんばりましょう!!


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